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脳と親子の絆
1 母体と胎児の肉体の絆

ボンデイング(妊娠時)

「ぐらんまノート」に、胎児とお母さんとが結ぶ肉体の絆のことをお話ししました。これをボンデイングと呼びます。⇒関連記事「ぐらんまノート出産

胎児期の脳の発達 出生以前の環境胎児期、受精卵が分裂を始め、18日ごろ、胎児の脳のもととなる神経板ができます。24日ごろには神経板から神経管が発生し、脳の形ができ始めます。分裂を重ねた細胞は幹細胞といいますが、8〜16週目まで幹細胞が遺伝子の命令でグリアという細胞につかまって移動します。脳へ移動せよと命令された肝細胞は脳に行き着くと、まずは生存機能としてあらゆる生き物が持つ脳幹を、次に中脳と大脳辺縁系を作りはじめます。3ヶ月目には大脳が中脳を覆うようにでき人間の脳の形となっていきます。

この細胞移動期に放射能を浴びると、細胞の移動は止まり、脳が正常に形成されません。またお酒は脳細胞を破壊します(お酒は成人の脳細胞も破壊します)。そのため母親が妊娠中にお酒を飲むと、胎児の脳細胞が死んでしまったり、移動中の脳細胞が遺伝子の命令を無視して額の後ろの方にまで行ってしまい、「胎児アルコール症候群」という奇形な脳を作ることがあります。また麻薬を使うと胎児が麻薬依存症になり、出産後すぐに禁断症状が出て治療を要する事態となります。そして麻薬に影響された新生児は脳幹の調節ができず、長期治療を受けることにもなります。このことに関連したことは「ぐらんまノート妊娠0〜16週」にも書いているので参考にして下さい。

2000年代に入り、母体と胎児の関係がより詳しく分かってきました。まずは妊娠中の母体の栄養バランスが、その子どもが50代くらいになった時に悩まされるいろいろな慢性的な病気と関わりがあるということ。これは、世界大戦中、母親たちが十分な栄養を摂れなかった時に生まれた子どもたちを長期的に研究して明らかになってきたことです。

また、妊娠中に家庭内暴力などで殴られたり、恐怖心や不安、緊張を感じたりした場合、母親の副腎から分泌される緊張ホルモンが胎児に伝わります。すると出生後の赤ちゃんには通常の3倍もの緊張ホルモンが蓄積され、いつも不安でイライラして眠れない、またはお乳を飲まないなどの支障が出てきます。妊娠中の母親のメンタルヘルスがいかに大切かお分かりでしょう。また母親が喫煙すると、胎児の脳に行く血管が収縮することはお分かりだとは思いますが、喫煙しようと思っただけでも収縮することが分かっています。
⇒関連記事「ぐらんまノート妊娠16〜25週

赤ちゃんの母体への置き土産

もっと面白い発見は、胎児の排便や排尿が母親の胎内で消化されるとき胎児の細胞が母親の体内に長く残るということ。あるお母さんが手術をした時、体の中から女性にはあるはずもないY染色体が出てきました。調べてみると息子が出生した時に置いていった胎児の細胞であることが分かりました。男児を産んだ他のお母さんからも、同じようにY染色体が見つかっています。さらに驚くのは、あるお母さんが肝臓の手術をしたとき、傷んでいる肝臓を治すかのように、どんな臓器にもなれる幹細胞がたくさん発見され、これも胎児が置いていった細胞であることが分かったというのです。更なる研究で、胎児が置いていった幹細胞が母体の健康に関係していて、悪い臓器を治したりしてくれたりすることが分かりました。但し残された幹細胞は分裂に分裂を重ね、子どもが15歳ぐらいになると、その効力が無くなるのだそうです。これは、母親を最も必要とする乳幼児期、母親に元気でいてもらえるように仕組まれたものなのでしょうか?自然の力って、すごいですね!

2 新生児期、親と子が互いに結ぶアタッチメント(愛着の絆)

スキンシップはアタッチメント構築の始まり

自然の凄さについてもうひとつ。赤ちゃんを産んでから3ヵ月くらいの間、母親の胸のあたりは他よりも1〜2度体温が高く裸の赤ちゃんを温めることができ、赤ちゃんが温まると母親の胸の温度も自然に下がるそうです。着る物がなかった原始時代、遺伝子に組み込まれた仕組みなのでしょうね。そして母親と赤ちゃんのスキンシップはとても素晴らしい効用をもたらします。

母親と赤ちゃんの皮ふ同士が合わさると、赤ちゃんの気持ちが鎮まり、よく眠るということは従来から分かっていました。しかし最近の研究で、このスキンシップが母親のストレスを軽減し、子育てホルモンであるオキシトシンの分泌を高め、産後うつなどの度合いを低く抑えることが分かりました。オキシトシンが出ると、母親は赤ちゃんをかわいい、守ろうと思えるのです。現在日本の産院でも実施している出生後のカンガルーケアは、この効果を取り入れたものでしょう。
(注:カンガルーケアは1990年代の終わりにマサチューセッツ州のブリガム・アンド・ウィメンズ・ホスピタルで、未熟児の脳を正常に発達させるために始められたケアです。未熟児を保育器から出しても良い状態になってから、母親に毎日病院に通ってもらい、赤ちゃんを母親の胸に張り付けるように置き、軽い上掛けで母子を包み、8時間ほど一緒に過ごしてもらうというケアです。この母親とのスキンシップで未熟児の脳と肉体の発達を促します。今はこれを普通児の出産後も40分から1時間行い、互いの愛着の絆を深めようとしています。とても良いことですね。) ⇒関連記事「ぐらんまノート妊娠25〜39週

出産直後の授乳の効果

これは助産科の教授のお話ですが、赤ちゃんは生まれてから2時間ほどの間に母親のお乳を上手に含ませると、自然に吸って母乳を飲むようになるのだそうです。母乳を吸って飲むとき、赤ちゃんは口を朝顔のように外側に開いて、母親のお乳の黒ずんでいる所を押します。するともう一つの子育てホルモンであるプロラクチンの分泌が助けられます。どうです、相関する母子の関係に、切っても切れない絆を感じませんか?この生まれてから2時間の時間帯を逃すと、赤ちゃんは眠くなって乳房に食らいつくのが難しくなってしまいます。それで哺乳瓶を使った授乳をしてしまうと、母乳よりもっと簡単に飲めるので、赤ちゃんの口は内側に開いて吸うようになり、母乳を吸わなくなる恐れがあるとのことです。⇒関連記事「ぐらんまノート出産

3 アタッチメントは良い依存症の一種

依存症というとモルヒネや喫煙、アルコールなど否定的なことが頭に浮かんできますね。でも肯定的に捉えることができる「良い依存症」もあるのです。
私たちの脳には快感や喜びを味わう場所があって、おいしいものを食べたり、好きな運動をしたりすると、ドーパミンというホルモンがそこを刺激して「もっと食べたい」「もっとやりたい」という気持ちにさせます。

少し専門的に説明すると、モルヒネなどの麻薬を注射すると、私たちの間脳にある視床下部からはセロトニンという脳内伝達物質が分泌されて、脳幹の物質を刺激し、大量のドーパミンが作られ、大脳辺縁系にある扁桃体や海馬の一部を通って、額の後ろにある前頭葉を刺激して、今まで味わったことのない快感を味わうのです。依存症になるのは、この快感をもう一度味わいたいと思うからで、モルヒネの注射を繰り返したり、陶酔感を持ってマラソンをしたり、チョコホリックといわれるようになったりします。この経路を「報酬経路」(the opioid system)と言います。
愛着の報酬経路もモルヒネと同じで、保護者から与えられる喜びの刺激により、体験したことのない心的高揚を覚えます。この報酬経路には記憶組織もあるので、保護者の肌の匂い、お乳の味、声や顔、そのほか保護者を思い出させるものが引き金になって、保護者に対する強い欲求を感じます。つまり、肯定的なやりとりのある親との関係は幸福感(報酬)を生み出し、親への思慕が募り、さらによい関係を作ろうとする・・・これがよい依存症です。

愛着の形成には3つの大事な節目がありますが、一対一で自分を守ってくれる人に密着して育てられる出生直後から3ヵ月までが、まず「依存症」と言えるほどの恒久的に続く親子の愛着構築に非常に重要な時期です。

鍵は脳神経の受容体

愛着の「依存症」を作る鍵の存在を実証した実験があります。2004年、ローマにあるCRN InstituteのFrancesca R D'Amato 博士たちが行った動物実験です。それにより、鍵が「u-opioid receptors」という受容体であることがわかりました。(2004年6月25日号『Science』より)
※ 「u-opioid receptors」:神経細胞から神経細胞に伝達されるときの受容体。麻薬によって分泌された脳内伝達物質を伝達する。

専門的内容ですが、その実験のお話をしましょう。

ダ・マート博士たちは、モルヒネで分泌される脳内伝達物質を受容するu-opioid 受容体を壊した母ネズミを作りました。そしてその母ネズミから生まれた子ネズミたちと、正常な母ネズミから生まれた子ネズミたちを比較しました。
母ネズミたちは、子ネズミ達を舐め、お腹の下で温め、お乳を飲ませて念入りに育てます。ダ・マート博士たちが母ネズミと子ネズミを引き離すと、正常の母ネズミから生まれたグループは母を慕って大騒ぎをしましたが、受容体を壊した母ネズミから生まれた子ネズミたちはあまり騒ぎませんでした。子ネズミ全部にモルヒネを注射したところ、正常のグループはすぐに気分が良くなり静かになりましたが、もう一方のグループの行動にはあまり変化がありません。ここから、u-opioid受容体が壊れた母ネズミから生まれた子ネズミたちには、モルヒネが効かないという事がわかりました。

次の実験では、二つの巣を用意して、子ネズミたちに選ばせました。自分たちが母ネズミと暮らしていた巣と、他の親子ネズミが暮らしていた巣です。正常の子ネズミたちは自分たちが母ネズミといた巣を100%選んだのですが、受容体のないグループの3分の2は他の巣に行き平気だったそうです。そこで、u-opioid受容体が恒久的愛着作りに欠かせないことが解ったのです。

この実験から、母親のあやしや抱擁に無関心な乳児自閉症の子どもたちには、このu-opioid受容体を作る遺伝子が欠けているのではないかという仮説が引きだされています。

4 子育てホルモンを分泌させるには

母親だけの子育てホルモンではないオキシトシン

愛着とはお互いに結ぶもので、赤ちゃんがいかに母親を慕っても、母親の方が「かわいい、守ってあげよう」と思えなければ、愛着関係は作れません。「かわいいと思えないのです」と悩んでいるお母さん方に日本で沢山お目にかかりました。その方たちは抱かれて、いつくしまれた子育てをご自分で体験して来なかったので、脳神経細胞の女性ホルモンの受容体が少ないのだそうです。また、虐待されて育った母親は、分娩中に分泌されて出産を助けてくれるオキシトシンという子育てホルモンも少なくなり、出産がとても辛く、生まれた子を見てもかわいいとか育てようとか思えないのだそうです。
赤ちゃんを可愛いと思えない親御さんには、妊娠中からの子育ての指導と、励ましや褒め言葉をかけられながら受ける「子育て支援家庭訪問」が欠かせません。支援を受けて、赤ちゃんの抱き方、ミルクの飲ませ方、なだめ方などを学び、赤ちゃんが自分に笑いかけてくれるようになると、親たちも「かわいい。子どもを産んで良かった」などと思えるようになります。親の良いところを強調して、少しずつ愛着を育む遊び方を教えたり、オキシトシンの分泌を促すような子どもへの関わり方を支援していくアメリカの「健康な家族運動」などは、そんな家庭訪問の良いお手本になるでしょう。
⇒関連記事 プロラクチン:「ぐらんまだより4回目5回目」 愛着を深める遊び:「子育て基礎知識上巻
ちなみに、オキシトシンは女性に特有の子育てホルモンではありません。父親も、自分の赤ちゃんを抱き上げるとオキシトシンが出て「この子が可愛い、守ってあげよう」という気持ちになります。夜中に赤ちゃんが目を覚ました時、疲れているママにかわって、パパが哺乳瓶で哺乳して、子育ての責任の一環を担う・・・これはパパと赤ちゃんの愛着を深めるためにも、とてもいいことなんですね。

授乳でホルモン分泌

母親にはもう一つ大切な子育てホルモンがあります。赤ちゃんに母乳を含ませた時に分泌されるプロ(作る)ラクチン(お乳)です。赤ちゃんがお乳の周りの黒ずんだ所を押しながら飲んでくれると、母親は快感を味わい、下垂体から分泌されます。
これが子育てホルモンであると実証されたのはやはりネズミの研究からでした。まだ子どもを産んでいない雌ネズミと、雄ネズミをそれぞれ違ったケージに入れ、両方のケージに生まれたばかりの子ネズミを入れました。両方とも最初は見向きもしませんでしたが、プロラクチンを注射されると、まるで飛びかかるように赤ちゃんネズミの所に行って舐め始め、自分のお腹の下で温め、出ないお乳をあげようとしたそうです。
このプロラクチンの効用のため、アメリカでは母乳で子育てをするように奨励しており、母乳で育てている母親は人前でも乳房を出して良いという法律が多くの州に作られています。赤ちゃんにとっても母乳から母親の免疫をもらうので、調乳ミルクよりも良いといわれており、母乳と市販のミルクの両方をあげる親が増えてきました。⇒関連記事「ぐらんまノート出産

このように、子育ての仕方で脳の子育てホルモン分泌を促すことができるのです。父親の子育て参加や、周囲のサポートも得ながら愛着関係をしっかり結ぶ子育てをしていってください。

 
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アタッチメントは良い依存症の一種

子育てホルモンを分泌させるには

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